ごあいさつ

 県民の皆様こんにちは、一向に先が見えない状況で3年半が過ぎました。まずもって皆様にはお詫びを申し上げます、原発と共生すると言いながら事故が防げなかった立地責任は存在しますので心からお詫び申し上げます。町長就任以来、東電と国には強く事故防止の話しをして参りましたが防ぐことは出来ませんでした、力不足を正直にお詫び申し上げます。

 事故発生以来県民の皆様には自分も被害者でありながら私達のために避難生活の暖かいご支援を頂いたことに対しましても御礼申し上げます。お陰様で今日まで生活が出来ました。

 この御恩は決して忘れることは出来ません、子々孫々まで言い伝えます。しかし今の私ども避難者は天地動転しており踏ん張る土地がなく底力が出せません、もう少しご猶予をいただきたいと思っております、必ず再起をしてご恩に報いられるように頑張っていきます。

 このような非常に厳しい姿勢で福島県知事選挙に立候補するというのは大きな困難があります、先ず自分の町が避難中で町民がバラバラだということ、福島県内全域を回った事が無いということ、知名度が低いと言うこと、立候補の表明が遅れたことなど多くのハンディが有ります。

 有るのは事故を起こさないと言う約束を破ったこと、事故後の加害者として余りにも道徳心の無い対応を被害者の県民に行っていることに対する強い憤りが有ります。県土を言い尽くせないほど汚染させ、県民を被曝させた事は全てを投げ打って県民の要望に応えなければなりません。そのような中で福島県庁の県民に寄り添う姿が見えませんでした、県民が何を困って、何をして欲しいのか、県民の被害を国に行って解消してくれたのかが分かりにくい県政ではなかったかと思います。

 私は双葉町長として県知事に何度か質問をしています、県内に戻れと言いますが町民が被曝の被害を受けた時には誰がどのように責任を取るのですかと尋ねました、返って来た答えは国と東電ですと言う答えでした。では何故県が帰還政策を勧められるのでしょうか、責任が明確にされないで帰還をしたら私の責任になります。私には町民の全生命財産を賄うだけの資金も資産も有りません、お金に替えられない町民の生命は何としても守るのが町民の代表の役目だと思っていました。これを完成しないうちに不信任が可決されました、考えられる方策は取りましたが辞任せざるを得なくなり双葉町長を辞職しました。しかし、今尚、事故当時の責任は私に有ると思っています、その気持ちが今度の知事選に出る思いであります。被曝の恐怖をいつも言い続けていますが、私の被曝経験が強く私を動かしています、私と同じ被曝をさせたくない、そして被害防止のために大袈裟でも良いから今は放射性物質の有る所から離れなさいとずーっと言い続けてきました、恐怖が大袈裟で後で皆さんから非難されてもいいではありませんか、笑い話にされてもいいんです。10年後、20年後の保障を取り付けないといけません。どうも医大の健康調査は被害を打ち消しているようですので県民の利益になるような形に変えなければなりません。このようにまだまだ、県並びに県民の皆さんは知り得ない被害が有ると思います、一緒に議論して、考え知恵を出し合い、世界最大の事故に負けないように頑張ります。よろしくお願いします。

 私は全部を知り、県民の皆さんの都合に合わせた県政を実施します。

井戸川 克隆